2005.03.01 tue.
晴れ。気温は低いけれど風はやさしい。空の様子もなんとなく春めいてきた。引き続きジョン・フォード、ということで、夜、大蟻食と一緒に 『リオ・グランデの砦』 を見る。
2005.03.02 wed.
晴れ。あいかわらずどこかに春の気配。吾妻ひでお『失踪日記』(イースト・プレス)を読む。1989年以降の失踪などに関わる体験を記したきわめて個人的なマンガである。覗き見的な興味から読み始めたことは否定しないが、吾妻ひでおという傑出した才能と突然に始まった空白にはやはり無関心ではいられない。いや、すごいことになっていたのはよくわかった。夜はなぜか富山のマスの押し寿司。大蟻食はこれが好きなのである。一緒に食べながらビデオで 『ニノチカ』 を鑑賞する。ジョン・フォードはちょっとお休み。
2005.03.04 fri.
昼まで雪。ちょっと積もる。午後から曇り。夜、大蟻食と一緒にビデオで 『奥様ご用心』 を見る。
2005.03.05 sat.
おおむね晴れ。ゆっくりと起きて、朝食を食べながら『ケロロ軍曹』を見る。やっぱり綾波レイが登場して「どうせわたしは四人目だから」とか言っていた。お昼は大蟻食と一緒に「銀節や」へ。なんだかおなかがいっぱいになる。そのあと駒沢公園まで散歩する。あの駒沢ハウスとかいう巨大な建物は遠くから見ても近くから見ても醜悪に見える。公園の梅は八分咲き。帰宅の途中、モンブランに立ち寄ってケーキを買い、家でお茶をし、おなかがあまり減っていないということで、夜はパンとワインとチーズとハチミツで済ませることにして、飲み食いしながらキャプラの 『毒薬と老嬢』 を見る。
2005.03.06 sun.
なぜか眠気が晴れない。朝はヨーグルトとイチゴ。「あまおう」というイチゴを初めて食べてみたけれど、なんだか妙にハイテクな味がした。時期の問題なのだろうか。お昼は重吉のおにぎりを少し買ってきて、大蟻食と一緒にテレビの前に並んでそれを食べながら唐突に 『エル・シド』 を見始める。久しぶりに見たけれど、やはり立派な映画だと思う。夜はキッパーにタマネギをのせて、ライ麦パンでサンドイッチ。大蟻食もわたしも、どうも食欲がないのである。
2005.03.07 mon.
J・スタインガーテン『すべてを食べつくした男』(柴田京子訳、文春文庫)を読み終える。食べることに関する実に面白いエッセイで、フード・ライターである著者が様々な欲望や疑問を抱いて世界をまわり、現地の味を舌で確かめ、レシピを持ち帰って自宅の厨房で実験を試み、ダイエットを批判し、栄養学の虚偽をあばき、あるいはウェイターの学校へ本当に入学して身につけてきたレストランの裏を語り、究極のフレンチフライを求めて台所をジャガイモでいっぱいにする。まあ、よくよく食べることを愛していて、よくよくいろいろなことをする男であるなあ、と感心した。俗物ぶりを隠さないところや偏見や保留を恐れないところは立派だし、何事にも徹底していて、かつ実証的で、これが本物のフード・ライターということならば、我が国にはフード・ライターなど存在しない。ユーモラスなテクストがなかなかに楽しく、アルザス風のシュークルートやシチリアのグラニータ、トスカーナ風のジャガイモのフライや最高のフレンチフライなどのレシピ(やや扱いにくい)も掲載されていて、ちょっと作ってみようかなという気分になった。ただ、残念ながら翻訳に少々難がある(タルムード語っていったい何さ)。

お知らせです。リンクに平山瑞穂さんのホームページ: 「平山瑞穂の黒いシミ通信」 を追加しました。
2005.03.10 thu.
曇り。夜はシュークルート。つまりザワークラウトとベーコン、ソーセージの煮込み。それを食べながら大蟻食と一緒にビデオで 『黄色いリボン』 を見る。ワグナーにくわしい大蟻食の話だと、音楽は全般に「ニーベルンクの指輪」のパスティーシュで、途中一箇所(鍛冶屋の場面)、確信犯的なパロディが挿入されていた模様である。
2005.03.11 fri.
雨。夕方から靄。夜半には視界がかなり制限された。夕食はまたシュークルート。大蟻食と一緒にそれを食べながらビデオで 『アパッチ砦』 を見る。 「本棚の一角」W・G・ゼーバルト『アウステルリッツ』 を追加した。
2005.03.12 sat.
晴れ。朝、大蟻食は学校へ。わたしは一人で『ケロロ軍曹』を見る。午後から曇り。夜、大蟻食と一緒に妻家房で食事をして、帰宅してからビデオで 『ミスタア・ロバーツ』 を見る。ほとんど30年ぶりであろう。
2005.03.13 sun.
おおむね晴れ。昼前、大蟻食と一緒に渋谷へ。大蟻食がデジタルカメラを買うのを見物する。店から出てきたら晴れた空の下で雪が舞っていた。自由が丘へ戻り、ふと思い立って「カレーうどん千吉」で昼食。初めてである。ダシ味をベースにしたカレーではなくて、いわゆるカレーにうどんが入っているような感じで、そば屋のダシ味が苦手なわたしには丁度よい。ただやはりカレーうどんというのは壊滅的な飛沫を飛ばしたりして非常に凶暴なので、食べているあいだはちょっと怖い。夜は野菜のスープとラムのロースト。食べながらビデオで 『リディック』 を見る。印象自体は劇場で見たときのままだけど、なんだかんだ言って好きなのである。

お知らせです。リンクに森青花さんのホームページ: 「鶺鴒島」 を追加しました。あと、「小説すばる」4月号に短編『ヒト』が掲載されます。
2005.03.14 mon.
晴れ。遅ればせながらドイツ文学専門誌DeLi(Nr.3)『トーマス・ベルンハルト特集』(沖積舎)を読む。ようやくベルンハルトの存在を知った者にとって、これはありがたい特集である。収録されている短編『雨合羽』(初見基訳)では依頼人の訪問を受けた弁護士がその依頼人がまとっているチロル風の雨合羽に気を取られた状態で依頼人の訴えを反芻しながらどこか横ずれしたモノローグを反復する。戯曲『リッター、デーネ、フォス』(池田信雄訳)は精神病院から自宅に連れ戻された男(フォス)がその姉(デーネ)と妹(リッター)とともに昼食をするという三幕物の三人芝居で、ヴィトゲンシュタインを投影されたこのフォスがソースを呪詛したりデザートのシュークリームを呪詛したり壁にかかった肖像画を呪詛したりする。『雨合羽』はモノローグのベルンハルト的な遷移が面白いが、先行する岩下訳、池田訳との差別化を意図したせいであろうか、二重の伝聞形式の展開で訳文に少々難を感じた。『リッター、デーネ、フォス』は初めて読んだベルンハルトの戯曲ということになる。小説のモノローグにすっかり慣れてしまったこちらは登場人物がわずかに三人であっても多すぎるような気がしたが、それでも多重性を帯びた人物造形はさすがだと感じた。とはいえ、これは演出家泣かせで、俳優に多くを依存する舞台になるだろう。演劇的に処理すれば間違いなく凡庸になるだろうし、戯曲自体が言わば演劇的な凡庸さを平然と取り入れているからである。柴田元幸氏の『消去』に関する論評は米文学に寄りすぎた結果、面白みを欠く。ベルンハルト以外ではゼーバルトの短編『海の上のアルプス』(鈴木仁子訳)を楽しんだ。コルシカにおける壊滅的な森林伐採と野生動物の虐殺にフロベールの『ジュリアン聖人伝』をオーバラップさせていて、歴史的な証言を容れながら森を描き出す精緻な手法がすばらしい。夜は野菜スープとカレー。食べながら大蟻食と一緒にビデオで 『ガーフィールド』 を見る。いやあ、もうガーフィールドの動きが実にネコなのであった。
2005.03.16 wed.
夕方、大蟻食のお母さんが到着。夜、大蟻食のお母さんと大蟻食と一緒にLe Bouillonへ。フォアグラのソテー、タマネギのポタージュ、イベリゴ豚のシュークルート、デザートはイチゴのジュレのアイスクリーム寄せ、最後にエスプレッソ。シュークルートにのっていたイベリゴ豚がフォークを刺すととろけるように崩れたのには驚いた。
2005.03.17 thu.
昼過ぎまで雨。お昼は妻家房。午後、大蟻食は大蟻食のお母さんとショッピングへ。夕食はデパートの地下で買ってきたいろいろなもの。ジム・クレイス『死んでいる』(渡辺佐智江訳、白水社)を読み終える。五十代の夫婦が海岸を散歩中に暴漢に襲われ、死体となって砂浜に転がり、それから六日のあいだ放置されて腐敗していく。そして作者は時間軸を交錯させながらこの二人の三十年前の出会いを語り、それぞれの人柄を語り、その日の朝の出来事を語り、突然消息を断った両親の行方を探す一人娘の心情を語り、砂浜を縄張りとする様々な生物が死体に取りついていく有様を語る。当然ながら全体に死の気配が漂い、死者に多くのことが割かれているが、どちらかと言えば遺された者の魂の救済を問題にした小説であり、弔辞を聞くときには当の本人は死んでいる、という意味では架空の人物を対象にした非常によくできた弔辞である。周辺描写を丹念に折り込んだ視界の広いテクストはなかなかに魅力的であったが、死と対照するためになぜいちいちセックスを持ち出さなければならないのか、わたしにはよく理由がわからなかった。
2005.03.18 fri.
晴れて暖かい。朝、大蟻食のお母さんは新潟へ。昼食は大蟻食と一緒に唐口屋へ。自由が丘の駅のそばにある韓国風料理のお店で、ここは本当に久しぶり。二人で「からじゃんめん」を食べる。強いて言えばラーメンである。大蟻食は塩味の白、わたしは辛口の赤。午後、大蟻食の新しい本棚が届いたので、一緒にそれを組み立てる。疲れた。組み立てに疲れた、というよりは、膨大な量の梱包材の始末に疲れた。だから夜は適当に食べる。
2005.03.19 sat.
朝、大蟻食と一緒に『ケロロ軍曹』を見る。そのあとはなぜだか一日ばたばたと過ごす。夜はスペイン風のニンニクのスープ。食べながらビデオで 『ビッグ・フィッシュ』 を見る。傑作であった。
2005.03.20 sun.
引き続きばたばたとする。実は大蟻食の仕事部屋に新しい本棚が入ったので、いままで使っていた本棚を居間にまわし、いままで居間にあった本棚をわたしの部屋へまわし、いままでわたしの部屋にあった本棚はどこへもいかない、というようなことで家具を動かしているのである。くたびれたので夜はドミノからピザを取る。
2005.03.21 mon.
本棚の移動はとりあえず完了。くたびれた。食欲がないので夜はまたスペイン風のニンニクのスープ。食べながらビデオでハワード・ホークスの 『ピラミッド』 を見る。大蟻食が見たいと言ったからである。子供の頃にテレビで見て以来だから、三十年ぶりくらいであろうか。
2005.03.22 tue.
雨。頭痛と筋肉痛。あいかわらず食欲がないので夜はまたスペイン風のニンニクのスープ。食べながらビデオでハワード・ホークスのコメディ 『赤ちゃん教育』 を見る。やはり傑作ではあるが、見ているうちにヒロインとかなりよく似た性格の持ち主ともう十年以上も一緒に暮らしている、ということに気がついて、それでもまだ生きている自分に感心した。
2005.03.23 wed.
雨。軽い頭痛。夜は妻家房でコッチャンチョンゴル。帰宅したあと、大蟻食と一緒にビデオでハワード・ホークスのコメディ 『教授と美女』 を見て、それからジム・クレイス『四十日』(渡辺佐智江訳、インスクリプト)を読み終える。イエス・キリストの荒れ地における四十日の断食を医学的な根拠に基づいて再解釈した小説である。つまり水も食も断った状態では人間は三十日しか生きることができないので、この小説ではイエスは断食の三十一日目に死んでしまう。しかもこのイエスは祈ることに長じてはいても無知で無教養な憶病者で、その死にあたっては心は恐れから悪魔に傾斜し、遺体は拝金主義の商人の手によって葬られ、奇跡も福音もまた同じ商人の空想的な信仰心によって荒れ地の外に値札をつけて持ち出される。「無神論者」ジム・クレイスは信仰に対して一貫して冷笑的な態度を取り、一貫してイエスを貶めるのである。読者の立ち位置にもよるが、わたしの場合は最初に抱いた反発が最後まで続いた。ただ否定して貶めるという態度にはいかなる知性も感じられない。露悪的で醜悪な小説である。作者は人間の精神に対して底知れぬ不信と軽蔑を抱いているのであろう。だから思索が行き着く先にある不可解なアイロニーに気がつかないし、神と向き合うことで人間の頭のなかに生じる壮絶なナンセンスを想像することができずにいる。それともこれはわたしの誤読なのか。
2005.03.24 thu.
曇り。夕食はピーマンの挽肉詰めとザワークラウト。それを食べながら大蟻食と一緒に 『ヒット・パレード』 を見る。
2005.03.25 fri.
晴れ。寒い。大蟻食は学校へ。夜、大蟻食と一緒にビデオでセルジオ・レオーネの 『ウエスタン』 を見る。白状するとテンションをかけてきちんとこの映画を見るのはこれが初めて。よくよく傑作の多い監督だと思う。
2005.03.26 sat.
晴れ。朝、大蟻食と一緒に『ケロロ軍曹』を見る。次回からは金曜日の夜6時の放送になるのだという。そうなると見るのはちょっと難しい。午後から本を片づける。結局、本棚の整理に一週間かかったことになる。夜、本日開店したイタリア料理の店Capra Ciccioへ。ピザ、パスタ、煮込み料理、ワインなどをひととおり試す。味はすこぶる良心的だが、隣のテーブルが少々うるさかった。場所を変えてコーヒーを飲み、モンブランに寄ってケーキを買って、お茶をいれて飲み食いをしながらビデオで 『リオ・ブラボー』 を見る。
2005.03.27 sun.
晴れ。暖かい。夕刻、大蟻食と一緒に散歩をして、買い物を終えて帰宅する。夜は麻婆豆腐。食べながらビデオでハワード・ホークスのコメディ 『ヒズ・ガール・フライデー』 を見る。
2005.03.28 mon.
雨。金曜日に 『ウエスタン』 を見て以来、大蟻食がもっとレオーネ、もっとモリコーネと騒ぐので、夜、ビデオで 『夕陽のガンマン』 を見る。
2005.03.29 tue.
おおむね晴れ。午前中、一時雨。大蟻食はバイオリンのレッスンへ。友人がハムやソーセージをたくさん送ってくれたので、夜はそのうちのソーセージを使ってシュークルート。食べながらレオーネの 『荒野の用心棒』 を見る。 「本棚の一角」ミルトン・スタインバーグ『ラビ・エリシャの遍歴』 を追加した。
2005.03.30 wed.
晴れ。なぜか知らないが、この二日であわせて四時間ほどしか眠っていない。頭がちょっと朦朧としている。食欲もないので夜はニンニクのスープにしてもらい、それを食べながら大蟻食と一緒に 『続・夕陽のガンマン』 を見る。何度見ても傑作である。
2005.03.31 thu.
晴れ。引き続き寝不足状態で頭が痛い。夜はまたニンニクのスープ。それを食べながら大蟻食と一緒にクリント・イーストウッドの 『許されざる者』 を見る。これもまた涙なしには見られない傑作である。

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