2000.06.02 fri.

夜、かなり遅い時間になってからワインを開けて、 「カーツーム」 を見る。半分見たところで眠くなる。


2000.06.03 sat.

午前中、まずクライトンの「タイムライン」を読み終える。「恐竜」の次は「中世」ということなのだろうか。「ジュラシック・パーク」や「エアフレーム」よりはだいぶましだと思うけど、歴史物というくくりで見た場合、「北人伝説」や「大列車強盗」の水準には達していない。いくつかの場面はお決まりのことをクライトンらしく丁寧に取材して埋めているという感じで悪くはないのだが、分量稼ぎだけのために余計な場面がかなり挿入されているのではあるまいか。読みながらちょっと苛々した。「タイムライン」を読み終えてから 「カーツーム」 の残り半分を見る。ちなみにこういういい加減な見方は滅多にしない。
午後、エキストラ延べ10万人とかいうコピーに惹かれて借りてきた56年のソ連映画 「キング・ドラゴンの逆襲」 を見る。見終わって、「いやはや」などと呟きながら巻き戻し、続いて 「ホーンティング」 を見る。見終わった時にはなんだかとてつもなく絶望的な気持ちになっていた。


2000.06.04 sun.

気温は高いけれど、気持ちのいい日曜日である。
気持ちがいいので日中の時間のほとんどを眠って過ごす。夕方になってからドアのチャイムが鳴るので起き上がり、ドアを開けるとそこには男が一人立っていた。「新聞は届いていますか?」と尋ねるので、「はい、新聞は届いてます」と答える。この人物は「新聞がちゃんと投函されているかどうか、確認して回っているんです」と説明し、こちらに背を向けて隣家のドアの方へ向かっていった。本当に一軒一軒まわってそういうことをするのだろうか? どうも空き巣狙いだったような気がしてならない。いや、そう考え始めると家へやってくる新聞の勧誘員は全部空き巣狙いのような気がしてくる。取っていると何度言ってもしつこく何度もやってくるところが怪しいではないか。それとも本物の新聞勧誘員で、訪問先を記録することも記憶することも自らに禁じているのだろうか。
目が覚めてしまったので 「ロマノフ王朝の最期」 を見る。これがこの週末に見た唯一のまともな映画である。


2000.06.06 tue.

前に予告編を見てちょっと気になったドイツ映画 「ジェットローラー・バス」を見る。予告編を見て期待していたほどではなかった。引き続いて、やはり予告編を見て気になっていた 「コモド」を見る。 視覚的には満たされたが、これもちょっと物足りない。
2000.06.03の記入で「タイムライン」についてちょっと触れたが、白状するとあの本でわたしが気に入ったのは小説本体ではなく表紙の絵の方なのである。生頼範義画伯の素晴らしい絵に思わず見入ってしまった。見ているうちに頭の中が70年代にタイムスリップしていたほどである。


2000.06.09 fri.

ビデオでネルソン・デミル原作の 「将軍の娘」を見る。
N.デミルの小説は作者が思い出したように陰鬱な場所へ走り込むことがあるので、読んでいるこちらがうろたえることがある。あるいは求めている対象がそもそも違っているのかもしれない。たとえば「チャーム・スクール」にはモスクワのアメリカ大使館の屋上とその向かい側のビルの屋上で夜毎にCIAとKGBが大声で罵りあっているという愉快で素晴らしい場面があるのに、結末まで読んでいくとフィリップ・K・ディックの初期短編のような陰惨な場面にたどり着く。「スペンサービル」はシチュエーショ・コメディとしか思えないような設定なのに、最後は血まみれの殺し合いになる。いずの作品でも共通しているのは中年男の滑稽な意地の張り合いとふてぶてしさの勝負であり、それを軽妙なレトリックでつないである。レトリックが軽いのでつい話も明るい方向へと期待してしまうのだが、意地やふてぶてしさに限度がないからなのか、それで引け時を見失うからなのか、悲惨な話で終わることが多いのである。意地やふてぶてしさを歯牙にもかけない不快で巨大な存在が時として主人公の前に立ちはだかることもあり、そのせいで悲惨な結末を迎えることも時にはあるが、主人公が義憤に燃えても義憤に見えないところはやはり性格のふてぶてしさのせいであろう。「誓約」ではこうした特徴が作品の主題に奉仕する位置にいて効果的であったが、それ以降の作品では必要以上に意地を張ってただ暴走しているように見えることの方が多い。それとも暴走した中年が N.デミルを読んでいるということなのであろうか。N.デミルを読んだ後、ローレンス・サンダースを無性に読みたくなるのは、あちらの世界では登場人物が決しておのれを忘れることがないからである。


2000.06.10 sat.

大蟻食がバイオリンの弦を買うというので渋谷へ。大蟻食は弦のほかにバイオリンに塗る樫の木の松脂(という言い方は正しいのかな?)も購入し、これは後で見せてもらったら素晴らしく美しい緑色をしていた。いったん帰宅し、それからわたしの実家へ。弟の奥さん(普通は義妹という)の実家から大量の魚が到着しており、それを胃袋に収めるためである。そちらの実家からは前に何度か干物をもらったことがあるが、それはわたしがそれまで知っていた干物とはまるで違う種類の食べ物であった。とにかく旨かったのである。今回はオコゼにイサキ、生のアワビ、生のタラコにシラコである。生のタラコというのは初めて食べたが、まったく生臭さがない。こちらの方面にはまるで語彙がないので表現するのが難しいが、精妙な味わいであった。これも初めてだったが、オコゼは飽きのこない味である。またイサキの刺し身は素晴らしく美味であった。


2000.06.11 sun.

「田宮模型全仕事1 Military model Army」(文春ネスコ)という楽しい本をぱらぱらとめくりながら田宮俊作「田宮模型の仕事(文春文庫)」を読む。タミヤの果敢で誠実な仕事ぶりに、思わず感動してしまった。誇るに足る仕事ができる人というのは羨ましいものである。


2000.06.12 mon.

先週の「新 大蟻食の生活と意見」に引き続き、「亭主の繰り言」の方もレイアウトを変更。動作の確認はWINDOWS及びMac OS上のNETSCAPE 4.5及びIE 4.0でおこなっているが、もしかしたらMac版のNETSCAPEでは文字の表示が少し小さくなるかもしれない。
レイアウト更新記念というわけではないけれど、ついでにジェームズ・キャメロンの作品をいくつか「映画のこと」に追加した。記載済みの 「エイリアン」「タイタニック」 をあわせると、これでキャメロンの全作品がそろったことになる。


2000.06.15 thu.

沢村凛さんのご招待をいただいて早稲田の「レラ・チセ」という店で食事をする。アイヌ料理の店である。なにしろ初めてのことでメニューを見てもほとんど意味がわからない。さらに和食系の食材にも疎いので料理の名前の下に書いてある説明を読んでも今一つぴんとこない。真っ黒でどろっとした物とか醗酵した芋であるとか鹿肉の煮込みであるとか包み焼きであるとか、そういった料理が並んだのでちょっとおっかなびっくりで食べてみる。真っ黒でどろっとした物はつまるところ塩辛であった。醗酵した芋というのはなかなかに不思議な味わいがあった。底の方をもう少し焦がしてあれば、チーズを載せたピザという感じに近くなるのではなかろうか。鹿の肉は全体にうまく調理されていたと思う。焼き過ぎのことが多いので、これは珍しい。ビールはやめて、はやめにご飯を注文した方が正解だったかもしれない。再訪してほかのメニューも試してみる必要があると考えている。


2000.06.16 fri.

「サウスパーク」の新しいビデオが出ているのを見つけて、喜んで借りて帰る。普通は2話入っているところが、これはその代わりに同じエピソードが英語版と日本語版で収録されていた。シリーズの切れ目ということでそうなったのかもしれないが、ちょっと悲しい。ということで「サウスパーク」日本語吹替え版というのを初めて見ることになったわけだが、あまり感心しなかった。なんだか上品になっていて、毒気が感じられないのである。放映を前提にした制約のようなものがあるのかもしれないが、翻訳そのものへの踏み込みの甘さがあるように思えてならない。並べて見たせいもあるけれど、ダイアログの乗りの悪さもかなり目立つ。残念ながら、日本語版の方は最後まで見ることができなかった。


2000.06.17 sat.

雑誌の取材ということで来客がある。大蟻食とわたしが住んでいる老朽建築物の一基しかないエレベーターは、この朝から改修のために停まっているので6階まで階段を上がってもらわなければならなかった。撮影兼執筆担当の方はけっこうな量の撮影器材を運び上げなければならなかったのである。申し訳ないことをしたと思っている。
夜になってから、ようやく借りてきたデビッド・フィンチャーの新作 「ファイト・クラブ」 を見る。 これはけっこうな拾い物であった。


2000.06.18 sun.

午後から渋谷へ出てリドリー・スコットの新作 「グラディエーター」 を見物する。劇場は6階の渋谷東急2から1階のパンテオンに変更されていた。渋谷東急2のスクリーンはちょっと見づらいのでこれはありがたい。とはいえその一方、映画を見て劇場を出てから目の前にある三省堂コミック・ステーションにもぐり込むというパスが消えてしまった。東急文化会館の上下移動は、けっして楽ではないのである。
3時40分の回だったが、そこそこの入りというところであろうか。ちょっと変わった客層で、わたしたちの前にはポルトガル語を喋っているグループがいた。
帰宅して、食事をしながら「リサーチ200X」を見て、それから 「狂っちゃいないぜ」 を見る。聞いてはいたけど、恐ろしい職業なのであった。


2000.06.24 sat.

相変わらず天気が悪い。大蟻食は病気で、本人の説明ではどうやら週の初めから病気だったようだ。大蟻食は病気で、わたしは二日酔いだったが、午後から天王洲アイルのアートスフィアへ出かけて山田和也演出の「そして誰もいなくなった」を見る。舞台を見るのは久々のことだ。また映画化された推理劇を劇場で見たことはあっても、実際に舞台で見るのは初めてのことだ。演出はアップテンポでテンションが高く、舞台美術はすばらしい。そして筒井康隆氏は大熱演をしていたのであった。ご本人には失礼だが、舞台の上での風格があれほどのものであるとはわたしは予想していなかった。かっこよかったのである。これは重要なことだ。よくできた面白い芝居だと思う。ただ、劇中に登場したピストルにはいささか違和感を覚えた。ブローニングと思しき自動拳銃だったが、英国陸軍の大尉の持ち物だと考えれば、ここはやはり中折れ式六角銃身のウェブリーであろう。それにショルダー・ホルスターというのもちょっと妙に思えた。どちらかと言えば個人的な見解だが、あれは品のないものだ。あの状況では、ジャケットのポケットに入れておくべきではないだろうか。帰宅してから 「アイアン・ジャイアント」 を見る。なんとも美しい話である。すがすがしい気持ちになったので、続いて「アリー・マイ・ラブ」の7巻を見る。美しくもないし、すがすがしくもならないが、これはやっぱり面白いと思うのである。


2000.06.25 sun.

前夜からの続きで「アリー・マイ・ラブ」の8,9,10巻を見る。10巻は珍しく殺人物で、しかも他の番組("The Practice")と入れ子になっているという凝った仕掛けになっていたが、一応の現実感を備えていて無精髭まで生えてくる"The Practice"よりは、まるで非現実的なアリーの世界の方がやはり好みなのであった。


ええと。
「新 大蟻食の生活と意見」のフォントのサイズ変更について大蟻食の方に質問の投稿がありました。ちょっと変かもしれませんが、ここで簡単にご説明申し上げます。
6月5日にホームページの大幅なレイアウト変更をおこないましたが、この際、「大蟻食の生活と意見」や「文句がある奴は前へ出ろ」の表示で行間を確保するためにスタイル・シートを導入しています。ブラウザの文字サイズの変更がうまくできなくなったのは、おそらくそのためであろうと考えています。ただし、これはIEの場合で、Netscapeについては事前にフレームが選択されていれば、文字サイズの変更は従来どおりおこなうことができる筈です。IEではスタイル・シートの指定の方が優先されてしまうようです。
なお、こちらではホームページの表示及び動作確認を;
WINDOWS及びMac OS上の
Netscape Communicator 4.5
Microsoft Internet Explorer 4.0
でおこなっています。
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