2000.04.01 sat.

4月になってしまった。
毎年この時期になると何かしらの変革がおこなわれなければならないという気持ちになるのだが、これはやはり春になったからなのであろう。春になったから、まず頭のねじが緩むのである。そして緩んだところへ地中海の風が吹くのである。なぜかという何年か前のちょうどこの時期、つまり4月の初めにカプリ島の断崖の上に立っていたことがあって、背後にはティベリウス帝の別荘の遺跡が横たわっていたのである。厳密に言えば横たわっていたというよりも半ば以上埋もれていたということになるが、実はわたしは説明したくない理由から二代目ローマ皇帝ティベリウスには個人的に多少感じるものがあって、カプリ島を訪れたのもこの遺跡を見物するためであった。見るべきものを見て立ち上がり、それから辺りを見渡すと目と鼻の先で大地は途切れて後はただひたすらに海が広がり、吹き上がる心地よい風が身を包む。なんとわたしはわたしらしくもなく、そこで雄大な気分を味わったのである。察するに頭のねじが緩んでいたのであろう。悪いことにこの時のこの経験はかなり鮮やかな心の染みとなっていて、それからというもの春先になるとあの風を思い出して妙に血が騒ぐのである。つまり、ちょっとした変化を求めて苛々し始めるのだが、ここで変革の対象となるのはもちろん自分自身であって、世の中ではない。それに自分を変えたいと望むなら、週末になると考えなしにレンタル・ビデオ店へ出かけていくという習性からなんとかしなければならないのかもしれない。
実はニュースで有珠山の噴火の映像を見て以来、そうだ週末は 「ダンテズ・ピーク」 を見てやろうなどと不謹慎なことを考えていたが、変革を起こすためにすでに何度も見ている映画をまた見るのはやめにして、選んだ結果が 「アナライズ・ミー」「セレブリティ」


2000.04.08 sat.

セオドア・ローザックの「フリッカー、あるいは映画の魔(文春文庫)」を読み終える。堪能した。UCLAの映画史の教授がC級映画の中に発見した世界滅亡の大陰謀というような話なのだが、正体を言えば批評という機能が作り手の事情からどこまで乖離できるかという、なんと言うのか跳躍実験なのである。全編にちりばめられたトリヴィア的な映画知識と三十年代から七十年代に至るまでの巧を極めた世相描写、さらに秀逸なフランス現代思想のパロディまでが加わって一行たりともおろそかに読めない傑作である。解説によれば著者はカリフォルニア大学の歴史学教授とのことだが、小説家としてもたいへんな才能の持ち主だと思う。


2000.04.09 sun.

大蟻食に気持ちいいからと言って 「イベント・ホライズン」 を見せる。これは失敗であった。忘れていたが大蟻食には一つ迷惑な習性があって、わたしが家でSF映画などを見ていると脇にやってきて「あれは何をやっているのか?」「なぜああなのか?」「あれは変ではないのか?」と素朴な質問を連発してこちらを苛立たせるのである。たぶんSF映画が嫌いで、それでわたしを困らせようとしているのだ。今回も美術が優れていることは認めたものの、 「ヘル・レイザー」 と同じ道具立ての話をわざわざ宇宙でやっている理由がわからないと言う。必然性がないではないか、と言うので、その必然性を超越したところが偉いのだと説明したが、やっぱり理解してもらえなかった。
夜、ベッドにもぐり込んでから小山ゆう「あずみ」17巻と富樫義博「HUNTER X HUNTER」8巻を読む。「あずみ」はそろそろ終わりなのだろうか。「HUNTER X HUNTER」はもしかしたらこのまま格闘技マンガになるのではないかと心配していたが、これはまったくの杞憂であった。面白い。この前テレビでアニメ版の方をちらりと見たが、テンポがのろいし富樫義博の洗練されたシンプルな線がやたらと暑苦しい絵に変えられていたので好きになれなかった。


2000.04.10 mon.

夜、大蟻食が留守だということで一人でいそいそと 「U.M.A/レイク・プラシッド」 を見物にいく。スティーブ・マイナーは 「ワーロック」 でいいところを見せていたので実を言うととても楽しみにしていた。いってみたらなんと日中の時間枠は「グリーン・マイル」に占領されていて、夜一回のみの上映という痛ましさなのであった。場内もがらがら。そして結果の方はと言えば、これがけっこうな拾い物なのであった。


2000.04.13 thu.

小林源文の作品集「平成維新」を読む。
現代の戦争を正攻法のリアリズムで書かせたら、やはり小林源文の右に出る者はないと思う。そこに描かれる戦争には理想も何もない。あるのは手順とテクノロジーとテクニカルな諸問題とテクニカルな諸問題に虐げられている現場と、そして官僚的な馴れ合いなのである。それに芸が細かい。強襲揚陸艦「なまむぎ」には恐れ入った。佐藤三佐も中村三曹も元気で何よりだが、もしかしたらこの人、人間の不正直さに絶望しているのではあるまいか。
ちなみに月刊コンバットマガジン誌の最新号には「CAT SHIT ONE」が載っていて、それを読むとあの勇敢なウサギさんたちが、自分たちがパンツを穿いていないという事実を実は気にしていたことが判明する。しかも疑問はキャッチ22で封殺されていたのだ。大蟻食は大喜びしていた。


2000.04.14 fri.

ジェームズ・カーンがフィリップ・マーロウを演じているから、という理由で 「マーロウ」を見る。
見ることは見たが、見ているのはかなりの苦痛であった。続いて 「ゴールデン・ボーイ」 を見る。これはこれで苦痛であった。明日はなんとかしなければいけないと思う。


2000.04.15 sat.

大蟻食と一緒に東急文化会館6階の渋谷東急2で 「スリー・キングス」 を見る。 エンディング・クレジットが流れ始めるとわたしはまず時計を睨み、それから雄々しくも大蟻食の手を引いて劇場から飛び出した。安手のビデオ・クリップのような薄っぺらい代物を延々と見せられたせいで、とてつもない飢餓感に苛まれていたのだ。階段を駆け降りて5階の渋谷東急へと急ぎ、そこで 「マーシャル・ロー」 を見る。こちらはちゃんと厚みがあって、心はたいそう慰められた。


2000.04.16 sun.

トマス・ハリス「ハンニバル」を読み終える。「レッド・ドラゴン」「羊たちの沈黙」のキャラクターを引き継いではいるものの、本質的には別物である。もはや猟奇殺人も行動科学も主要な題材ではなくなっている。相変わらず猟奇的ではあるものの、正体はむしろ心理小説に近い。レクター博士というエキセントリックなキャラクターはおそらくは脇役用にデザインされたものであろう。それを主役に配置することで作者はかなり苦しい思いをしているように見えなくもない。ソルジェニーツィンはかつてスターリンの独白を試みて失敗したという話を聞いたことがあるが、同じことである。人間というよりも現象と表現した方が相応しいような対象の心理状態を描くことは難しい。とりわけ対象の精神が暗黒に触れている場合、克服すべき困難は大きくなる。とはいえさすがはトマス・ハリスだ。けっこう面白かったのである。


2000.04.17 mon.

NHK BS2で1943年製作のドイツ映画 「タイタニック」を見る。 BSは時々こういうことをするから侮れない。


2000.04.18 tue.

夜、大蟻食と大蟻食のお母さんと食事をする。
帰宅してから遠藤浩輝「EDEN」4巻を読む。相変わらず暗いけど、物事の突き詰めようがたいそう真面目なので感心している。物理的リアリズムに徹した近未来戦闘の描写も見事なもので、それだけで1巻以上をもたせてしまうのもたいしたものだし、等身大の視点を保って全体に冷静なのも好感が持てる。とはいえ(単行本でしか読まないから)展開がまるで見えないところが少々苛立たしいというのも事実で、4巻目に至ってグノーシス派(らしい)とイスラム原理主義、さらに反国家、反宗教の一派という対立関係がなんとなく見えてきたが、それにしたって作者は何も言質を与えていないのである。
早く5巻目が出ないかな。


2000.04.21 fri.

ビデオで 「ウォーターボーイ」 を見る。見ている間にワインのボトルが一本空いた。床に入って西原理恵子「できるかなリターンズ」を読み始めるが、いつもながらに乱雑なこの記号の集団を読み解くのはけっこうな手間だ。しかもそれで見えてくるのが心根の腐った大人の愚行ばかりなので、アルコールの入った頭にはちょっと辛い。


2000.04.22 sat.

前夜からの続きで西原理恵子を読む。アルコールが抜けても読むのはたいへんなのである。読んでいるとこちらの頭まで腐ってきたので気分転換に散歩に出る。
天気がいいので街は人でいっぱいだ。商店街をぶらついて小物屋を冷やかし、別の小物屋で石鹸を買い、キャラクター・グッズの専門店が新しく店開きをしているのに気がついて、何も考えずに中へ入る。狭い店内には親子連れがぎっしりと詰まっていた。目の色を変えて商品を物色しているのは子供ではなく親の方だ。つくづく腐った国民だと思うが、人のことは何も言えない。「サウスパーク」関連商品を探してうろうろしたが、残念ながら扱っているのは低年齢層向けのどちらかと言えば無害な物が中心であった。スヌーピー関係には少々心を惹かれたものの、一度買えば切りがなくなると考えて結局スマイリーのゴム人形をふたつ買った。持ち帰ってケニーの人形の横に並べる。このゴム製ケニーは「サウスパーク」関連商品の存在を知った大蟻食の「これ欲しい」という一言を受けてわたしが探し出してきた物である。数軒まわって品切れを確認し、「やっぱりなかったよ」という台詞だけを持ち帰ってごまかそうと考えていたが、この方面の商品に詳しいうちの会社の高橋さんに同行を頼んだのが失敗だった。一月の末の寒風が吹き荒ぶ中、彼女は「帰りたいよぉ」と呟くわたしを原宿から渋谷まで引きずり回し、遂に見つかるまで帰してくれなかったのである。


2000.04.23 sun.

大蟻食が通っているバイオリン教室の発表会へ。会場に使われたビルの一階に招き猫の専門店と思しき店を見つけたが、閉まっていた。ガラス戸に鼻を押し付けて観察した結果、けっこうかわいらしい物が並んでいるのでそのうちに来てみようと思う。発表会の会場に入ると満員のお立ち見状態で、演奏者は小学校入学前の子供からご老人までそろっていて裾野が実に広いのに感心する。
実は大蟻食の演奏をまともに聞くのはこれが初めてなのだが、これがまた大蟻食らしい演奏なのであった。音程が間違いなく取れていたのは練習の成果であろう。ところがその音が、なんと言うのかずうずうしいと思えるほど元気がいい。それに他の人はもっと真面目に慎重に弾いていたのに、大蟻食は一人だけ、パガニーニのように見えたのであった。これはやはり性格が出たのであろう。来年はピアソラをやるのだと息巻いていた。
発表会の後、気持ちのいい風が吹いていたのでそのまま歩いて千鳥が淵へ出た。フェアモント・ホテルの辺りで猫にご飯をやっている女性がいた。九段下を目指して歩いていくと同じようなお皿で同じようなご飯を食べている小猫の集団を見かけたので、あの女性が巡回しているのであろうと想像する。猫はみんな毛ヅヤがいい。車がほとんど通らないので、暮らしやすいのかもしれない。うろうろしているうちに遅くなったので、渋谷でビールと揚げ物を買って家に帰る。


2000.04.24 mon.

夜。大蟻食と待ち合わせをして渋谷シネフロントへ。劇場の造りは悪くはないと思うのだが、やはり全席指定は気に入らない。たかが映画にこれはなかろう。しかも全席指定の座席の中にさらにまた指定席があるのはどういうことだ? とかなんとか言いながら 「トイ・ストーリー2」を見る。


2000.04.25 tue.

仕事で広島方面へ。
日帰り出張である。日帰りにしたのはわたしの勝手であって、会社が出張費をけちったからではない。7時に家を出て広島に昼に着き、まず穴子丼を食べる。なかなかのものであった。実は昨年も別の仕事で広島に来ていたのだが、その時には穴子丼を食べている時間がなかったのである。もともと穴子が好物なので、食べられなかったことを愚痴にしてあちらこちらで垂れていたら、なんと沢村凛さんが親切にも穴子を送ってくださった。早速穴子丼にして食べたらこれが実に繊細な味わいで、そのことを沢村さんに報告したら、あれは丼で食べる穴子ではありませんと叱られた。仕事の後、原爆資料館を見学する。生活史を巧みに組み合わせた展示システムは非常によくできていると思う。しかし、あの蝋人形は本当に必要なのか? 悲劇を悲劇として伝えることは重要だが、そうするために見世物を使う必要はないのではないだろうか。修学旅行の子供たちをかき分けて外へ出て、また新幹線に乗り込んで東京を目指す。行きも帰りも「のぞみ」は満員である。
帰りの電車の中でズバルスキー「レーニンをミイラにした男(文春文庫)」を読み終える。親子二代にわたってレーニン廟で働き、レーニンの遺体保存に携わった化学者の回想録ということになるのだろうか。面白い本である。特にクルイレンコに関する記述を科学者の視点から読むのはわたしにとって初めてのことで、興味深い。入門用のソビエト/ロシア史としてもよくできている。欲を言えば、もっとページ数がほしかったところだ。


2000.04.27 thu.

由貴香織里「天使禁猟区」17巻と望月峯太郎「ドラゴンヘッド」10巻を読む。
「天使禁猟区」はさすがにここまでくると目が絵に慣れてきて、普通の速度で読めるようになった。最初の頃はかなりきつかったのである。個人的にはやはりザフィケルさんが好きということになるのだろうか。実はミカちゃんもけっこう好きだったりする。いや、それにしてもこの話はえぐい。「ドラゴンヘッド」の方は大袈裟に持ち出してきたえぐみがまるで消化されないまま終わってしまったという観がある。状況の出現と人間の行動との間にどうも順番の誤りがあるような気がしてならないし、ビジュアルな部分、つまり大破壊もなぜあの規模が必要なのか、結局最後まで意図がわからない。結末の恐怖についての洞察も甘い。主人公に子供を据えることで逃げていないだろうか。


2000.04.29 sat.

大蟻食と一緒に 「アメリカン・ビューティ」を見に行く。けっこう混んでいた。予告編ではやっぱりリドリー・スコットの「グラディエーター」が気になる。
帰宅後、ワインを開けてビデオで 「奇人たちの晩餐会」「ホーリー・マン」 と続けて見る。


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