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『象の棲む町』 / 渡辺球(新潮社,2003/12) |
大量消費文明が崩壊した近未来、日本はアメリカと中国の支配下におかれ、半分ほどにまで減った人口のほとんどは東京圏に集められている。田舎でさびしく暮らしていると上空に飛行機が現われて、東京への移住を勧奨するビラをばらまいていくのである。というわけで東京は人口五千万人の巨大スラムと化していて路上には住所を持たない者があふれ、怪しい物を売る屋台が並び、売っている物を買って食べればすぐに気分が悪くなり、犯罪は日常化し、奇怪な病気で死ぬ者があり、臓器は盗まれ、臓器を盗むために人間もまた売買の対象となり、フェムボットのレスリングの興行があり、大半の者は教育を受けていないので自動車の残骸を見てもそれが何であるのかを言うことができない。それどころかたまにガソリンで走る車を見ると、エンジンの爆音を恐ろしいと感じたりする。 そういう未来社会を舞台にして、連作形式の八つの短編が収められている。 「地見屋襲撃の夜」 英治は部品工場に仕事を得たものの、重労働や職場の同僚を嫌ってすぐに辞める。そしてアパートの部屋を共同で借りている連中から地見屋を襲撃しようと誘われる。近所に色白の若い男が屋台を引いて現われて、地面を眺めては金になりそうな物を拾っているが、あれはけっこう貯めているのではあるまいか。そこで英治も付和雷同して襲撃に加わるが、その結果として気分の悪い光景を見ることになる。 「饅頭と女と子守歌」 地見屋のハルは路上をにらんで移動する生活を続けていた。ある日、路地の奥で緑藻粉の袋を見つけて盗み出し、英治とともに調理方法を研究して饅頭にして売ることにする。するとこれがなかなかの評判になり、屋台の前には列ができるが、ある日、四人の子を連れた女が現われ、代金をまけてくれと頼みはじめる。結局、女は代金をからだで払い、ハルと英治は足りなくなった粉を補うために廃工場の奥を漁る。 「狩人の眼」 六朗少年はいなくなった同居人の持ち物を売り払ってしまおうと抱えて雑貨屋に持ち込むが、そこへ現われたコハクと名乗る若者に怪しい場所へ連れ込まれ、いきなり監禁されてしまう。 ほかに「老年期の終わり」「木偶興行」「飢餓封鎖」「鼠のように」「象宮殿」。全体に地味で渋めで、登場人物は一人として手段を選んでいないのに何かが起こりそうで起こらない。そういうスタイルは最近のわたしの好みにちょっと近い。世界は醜悪で救いがないが、様々な場面を作りだしていく場の感覚のたくましさはなかなかに好ましいと思うのである。そして「飢餓封鎖」「鼠のように」と後半のほうへ読み進んでいくと、スラム的日常という一種のステレオタイプがたぶんに現代的な視野の中で読み替えられて、ほとんど戦争状態を思わせる激しい暴力性へと転換されていくことになる。これはおそらく作者の実感なのであろう。 |
(2004/01/26)
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