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『星の綿毛』 / 藤田雅矢(早川書房,2003/10) |
大地は砂に覆われていて昼間は陽の光に焼かれて50度を越える気温になり、夜は冷えきって零度以下になってしまう。そして大地を覆う砂の粒はひどく細かくなっていて、風に乗って舞い上がって強風とともにひとを襲えば容易に人間の肌を切り裂くし、目に入れば光を奪うこともする。そういう土地が広大無辺という具合に広がっていて、そこを巨大な水銀のかたまりのような物体が足元の砂を噛みながら少しずつ這うようにして進んでいく。物体が砂を噛んだ後には湿り気が残り、砂は耕された土地に変わり、しばらくすると木々が生え、森が生れ、草が繁り、水がしたたり、樹上の実から産み落とされた魚が翼を広げて飛び始める。 銀色の物体の背後にはそうして緑を貯えた土地が砂漠の中を帯のように延びていて、人間はそこにまとわりついて収穫をおこない、村を作って暮らしを営み、落ち穂を拾い、帯の末端に立って、再び土地が干からびていく様子を目撃する。そして村の人々は<ハハ>と呼ばれるその物体が彼方へと進んでくのにしたがって暮らしの場を前へ前へと進めていくが、物体の正体を知る者はいないし、どこを目指しているのかを知る者もいない。 やがて村人たちの前に砂漠を越えてやってきた交易人が姿を現わす。砂漠の過酷な環境を耐え抜くために全身の皮膚をウロコで覆い、ほかにもいろいろと遺伝子改造の跡を残し、クモのような形をした巨大な甲殻類にまたがっている。村人たちは交易人を歓迎し、宿と食事と水を与え、交易人が甲殻類の背に載せてきた道具類は村の農作物と交換される。取り引きが終わり、交易人は村人たちが目覚めの時間を迎える前に出発するが、そのときには一人の少年をともなっている。 砂漠の中に生まれては消えていく帯状の緑地帯というアイデアもさることながら、その緑地帯に出現する生物相の豊かさに感心させられた。あれやこれやと事細かく描写するのではなく、むしろさらっと描かれているのに不思議な立体感とリアリティを備えているのである。さて、恐ろしいことに本書はここから一歩でも話を進めるといい線ネタバレになるという仕組みになっていて、だからこれ以上は触れないことにするけれど、この異世界の異世界ぶりはたいしたものだと思うのである。 |
(2004/01/10)
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