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『ボーナス・トラック』 / 越谷オサム(新潮社,2004/12/20)

褌姿のおとなが喧嘩祭りのようなことをやっている土地に気持ち的に文化系のこどもがいて、褌姿で喧嘩に興じるおとなの姿に当然ながら恐れを抱き、地元から脱出して東京を目指し、やや針路を誤って埼玉のいささかはずれた場所に位置する大学に入学し、似たような場所に位置するアパートに入居し、それから一年と少々後、ある六月の深夜、懐にバイト代とレンタルビデオの会員証を入れてエロビデオを借りに雨のなかを歩いていると暴走車に跳ね飛ばされて死んでしまう。そうすると気持ち的には生きたままの状態で幽霊になり、第一発見者のマクドナルドの社員「草野さん」の独り住まいに居候を決め込んで腹が減ったと言ってはラーメンをすすり、プレイステーションの対戦型のプロレスゲームにはまり込み、実家へ顔を出すにあたっては姿が見えないのをいいことに新幹線のグリーン車にただ乗りし、「草野さん」の仕事場までついていってアルバイトのかわいい女の子を見て恋に落ちる。

話はいたってシンプルで、幽霊になった若者が自分を轢いた犯人を探し出して成仏する、というそれだけなのである。ただ語り口がすばらしく魅力的で、どこか屈折したユーモアを含み(幽霊を交えた男ばかりの三人組が地縛霊ツアーに出かけていって、見えたの見えないの、と騒ぐあたりはとても笑えた)、それでも青春小説の常道にあり、いろいろと工夫があって読み手に退屈する暇を与えない。後半、ややバランスの悪さを感じたが、それでもこの筆力の高さはたいしたものだ。それは冒頭、マクドナルドの店員が交通事故を目撃する場面だけを見ても明らかで、テンションが高く、目配りがよく、なんといってもまったく手間を惜しんでいない。読んで楽しい小説である。

(2005/01/23)
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