戦場のピアニスト
- Aloysius' Rating: 8/10
The Pianist (UK/France/Germany/Netherlands/Poland 2002,150min.) [D] Roman Polanski, [W] Ronald Harwood,(book:Wladyslaw Szpilman), [C] Adrien Brody,Thomas Kretschmann,Frank Finlay,Maureen Lipman ,Emilia Fox,Ed Stoppard ,Julia Rayner,Jessica Kate Meyer,Michal Zebrowski ,Wanja Mues

ウワディスワフ・シュピルマンはワルシャワ在住の若いピアニストでラジオでの生演奏を仕事としていたが、ドイツ軍のポーランド侵攻によってワルシャワは占領され、放送局は破壊され、シュピルマン当人は仕事を失い、ユダヤ人であったために同じくワルシャワで暮らす他のユダヤ人とともに弾圧の対象となり、まず所持金が制限され、腕章を強要され、喫茶店への出入りを禁止され、ベンチを歩くことも歩道を歩くことも許されなくなり、そのうちにゲットーへの移住を強要され、金も食べる物も手元になくなり、収容所への移送が開始され、家族と別れ別れになり、決心してゲットーからの脱出を果して隠れ家に身を潜め、そうしていると後にしてきたゲットーでは蜂起が起こり、続いてワルシャワにも蜂起が起こり、凄惨な弾圧がおこなわれ、シュピルマン当人は住む場所も食べる物も見失い、廃墟と化したワルシャワを飢えに苦しみながら逃げ隠れしていると親切なドイツ軍将校に救われて遂に大戦を生き延びる。
生き延びていく過程を描くのにロマン・ポランスキーは全体に寡黙で、よけいな説明を加えようとしていない。つまり主人公は生存状態への強迫から判断を保留して状況の自動的な進行に身をゆだねるが、内面の混沌と葛藤はまったく外に現われてこないので、こちらも安手の愁嘆場を見なくても済むことになる。洗練された人間描写ではないだろうか。この映画にリアリズムがあるとすれば、隠蔽すべきことを隠蔽しているということであろう。その一方、ドイツ軍占領下のポーランドで起こった様々な出来事、悲劇的な場面の数々は主人公の視野をフレームにして、一種のコラージュとして再構築されているように見える。つまり主人公が歩いていくと死んだ人間や死にかけた人間がごろごろと現われ、暴力がおこなわれ、虐殺がおこなわれ、盗みがおこなわれ、嘆きを叫ぶ声が放たれ、ある窓から外を見下ろせばゲットーでは暴動が起こり、別の窓から外を見れば武器を取ったワルシャワ市民がドイツ軍を攻撃しているのである。悲劇は日常的であった、と考えるのは簡単だが、こうした一連の描写はナンセンスのぎりぎり一歩手前にある。そうして噴出する悲劇の大きさはリアリティの定規ではなく、外界と対峙する個人の心の定規によって測られたものであろう。だから最後に救いの手として現われるドイツ軍将校もおそらくはピアニストが感じる不可解な波長の一部であり、世界の奇妙な軋みの中に現われては去っていった影のような存在のようにも見えるのである。ポランスキーの演出は細部にわたって緻密で、無駄がなく、よく品位を保っている。見応えのある作品であった。